セラピストという言葉がでなかったわたしがセラピストになるまで。記録①

201706第2週

2016年春の出会いに刺激され、夏には「より自分を生きたい」「一皮剥けた私になりたい」「転機」を感じた私、目の前のことをもっと受け入れて循環していきたい・・・でも、そのころのわたしは限界を感じていてもう一歩前に進みたくなりました。
「Mariaflora Healing Labプロフェッショナルヒーリングセラピスト講座」に行くことを決心。山際先生のブログを拝見し「この方だ!」と直感!山際先生のブログは現在閉じられていて、さらなるステージでご活躍されています。とてもお美しい方です。

私は障がい者福祉の仕事をしながら土日を講座でヒプノセラピーと西洋占星術を学びはじめ・・・実は「セラピスト」「ヒーラー」という言葉が2月はじめくらいまでだったかな・・・口から出ませんでした。

頭では言おう言おう、としてもどうしても口からでない・・・。

セラピストになりたくて講座に通っているのに「セラピスト」「ヒーラー」その単語が口から出ない・・・顔が引きつる・・・

笑うしかない状態です。

それは、半年たとうとする今振り返ると一番は「こわい」という感情。

私と会ったことのある方の中には、びっくりされる方もいらっしゃるかもしれません。
初対面の人とでも良くしゃべるでしょ!?
度胸あるよね!?

その一面を持っていた私もいるけれども、いつも心はドキドキしていました。不安で、人の目が気になって・・・

平気な顔をして内側ではそうではありませんでした。

セラピスト講座の間、ヒプノセラピーのグループセッション・個人セッションがありそのたびに私が今まで持っていた「自分への固定観念の解放」「感情の解放」を繰り返しました。

それまでの自分の殻を脱ぐ作業は、ある意味それまでの私の皮膚に重なっていた皮膚ををはがすようなもので。殻を脱ぎたい(自己変容したい)のに痛みを伴うからひとりではできないの。先生がいて同じ目的を持った仲間がいて心強かったです。

そこに飛び込んだ私、そのころに私にとってのバンジージャンプ。目的を一緒にして、見守ってもらいながら、自分とつながる・・・わたしの中の私と仲直り^^

殻を脱いで本来の私の皮膚に近づくたびに、周りにいる人への感じ方も変わってその存在への愛しく思う気持ち。

その過程で「セラピスト」「ヒーラー」という言葉が2017年2月に出るようになりました。

4月半ばに山際先生と関東だけでなく全国から集まった仲間の皆さんと卒業式でした。教えてくださったことはもちろん、半年間『変容』を共にできた時間は私の財産です。

卒業式の後の会食・・・名残惜しかったけれど、また会える日がきっと・・・楽しみにしています。

家族が待っている家へ。バスを降り、家が近づくと涙が。講座申し込み時に「通いたい講座があること」「土日の時間の使い方が変わることでの変化、お願い」を相談した私。家族・パートナー、それぞれのカタチで協力して応援してくれていた半年だったことが卒業の日に心に響きました。迷惑をかけたこともありました。そのたびにそれでも一緒に走ってきた半年だったことが私にとってのもうひとつの財産。

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2017年春から「いまの不安・悩みをどうにかしたい」「より自分を生きたい」「じぶんの『転機』を感じる」そのような方との出会いを、セッションを通じて一つ一つ重ねています。

ただいま
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